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米朝接近と孤立する日本

Chill0001_3 ヒル国務次官補は9月2日、6ヶ国協議の米朝作業部会のあとの記者会見で「北朝鮮が年内に全ての核計画の申告と核施設の無能力化を実施することで合意した」と発表した。それに呼応して、北朝鮮外務省は3日、「無能力化など一連の措置を年内に実施する」と述べ、米側の発表を裏付けた上で、「その見返りとして、米はテロ支援国リストから我国を削除するほか、対敵通商法に基づく制裁も解除することも合意した」と付け加えた。
これに対し、米政府は「北朝鮮をテロ支援国リストからはずすかどうか、決定したわけではない」と反論している。

こうした食い違いはあるものの、米国が北朝鮮のテロ支援国指定を解除する姿勢であるのは疑う余地がないだろう。
ブッシュ大統領は7日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)出席のためシドニーを訪問した際、韓国の盧武鉉大統領との会談で、「我々の目標は朝鮮戦争を終結するための平和協定を北朝鮮の金正日総書記と調印することだ」と述べた。
現在の朝鮮半島は、1950年に勃発した朝鮮戦争の長い「停戦」の期間中であり、「終戦」のための平和協定は締結されていない。米朝友好条約と合わせて南北朝鮮の平和協定が調印されれば、半世紀以上にわたる長い戦争に終止符が打たれる。

一方これは、拉致問題を抱えて北朝鮮との関係改善に一歩も踏み出せない日本にとって、極東アジアでの孤立に繋がりかねない。
拉致問題の強硬派として登場してきた安倍政権は、あきらかにブッシュ政権内の対北朝鮮強硬派(ネオコン派)の路線に呼応し、その支援を期待していた。しかし、最近はブッシュ政権の内部でネオコン的な単独覇権主義の戦略が勢いを失い、国際協調主義(ソフトな欧米中心主義)が勢力を伸ばしつつある。

元NYタイムズの論説委員で、現在独立系のシンクタンクの「北東アジア安全保障プロジェKim クト部長」であるレオン・V・シーガル氏は、「中央公論」07年8月号に掲載されたインタビューで、「米国と北朝鮮の間の『呼吸の一致』が目立ちはじめ、拉致問題の進展を前面に押し出してきた安倍外交の孤立化の懸念が際立ってきた」と指摘していた。
6ヵ国協議は北朝鮮の核をどうするかということで集まった会議であり、参加各国が知恵を出し合い、譲歩や圧力などの外交駆け引きを演じている。ところが日本政府は、「拉致問題が進展しなければ、話し合いの余地なし」という立場で、各国のゲームに参加できない、落ちこぼれた状態になっているというわけだ。

ところで、ブッシュ大統領が北朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししてから5年、米国のスタンスが180度変わったのはなぜだろう?
2006年9月、北朝鮮による核実験の1カ月前、ロンドンで「朝鮮開発投資ファンド(略称、朝鮮ファンド)」が創設された。欧州、中国などの大口投資家などから総額5000万ドル(約60億円)を集めた、特定投資家だけが参加できる秘密色の強い投資ファンドだ。「金、銀、亜鉛、マグネサイト、銅、ウラン、プラチナを採掘するための設備」(同ファンド幹部)を金正日総書記系の鉱山企業に提供し、その代金は産出された鉱物で受け取る。これを国際市場で売りさばくのである。

北朝鮮に豊富な鉱山資源があることは、以前から知られていた。朝鮮半島は世界の「鉱物標本室」と呼ばれているように、200種を越える有用鉱物の存在が分かっている。代表的な鉱石に、タングステン、ウラン、マグネサイト、磁鉄鉱、黒鉛などの「レアメタル」の鉱脈がある。
1950年3月18日付のスターリンから北朝鮮の金日成にあてた書簡が、90年代にロシアのエリツィン政権が公開した旧ソ連時代の極秘文書群の中から見つかった。この書簡の中で、スターリンはソ連製の武器弾薬と引換えに、北朝鮮からウランを受け取ったことを記している。
金日成は1949年後半からの半年間にウラン鉱約9000トンをソ連に輸出。ソ連は49年8月に初の核実験を行い、北朝鮮のウランによって米国に対抗した核大国の地位を不動にした。一方の金日成は、ソ連から武器弾薬の提供を受け、50年6月に38度線を越えて韓国に侵攻、朝鮮戦争が勃発した。その後、北朝鮮が世界で孤立してしまったため、北朝鮮の鉱物資源に関する情報は、あまり明らかにされてこなかった。

実は、近年ウランの国際取引価格が急上昇している。ウランの価格は1ポンド(約0.45Kg)当たり、2000年末には7ドルであった。それが02年に10ドル、06年6月に44ドル、12月中旬に72ドルと、この6年間で10倍に達した。07年には75ドル、08年に80ドルへ上昇が見込まれている、と言うのである。地球温暖化対策として、原子力発電所が中国やインドなどで多数建設されることが影響しているようだ。
急激なウラン価格の上昇を受けて、日本政府も原子力発電に用いるウラン燃料の安定的確保を計るため産出国の探鉱開発の支援を決めているほどだ。(『産経新聞』2006/8/25)

ウランの世界の確認埋蔵量は474万トン、オーストラリアが114万トン、2位がカザフスタンで81万トン、そして3位がカナダの44万トン、米国は4位で34万トンである。一方、北朝鮮のウラン埋蔵量は400万トン(韓国統一院)という説もあるが、この根拠は不明である。日本原子力産業会議では埋蔵量2,600万トン、採掘可能量400万トンという数字を出しており、数字上では韓国統一院と一致する。これは昨年の世界での確認埋蔵量に匹敵する数字である。

米政権内でネオコン的な単独覇権主義が力を失い、国際協調路線が台頭してくると、北朝鮮の鉱山資源に対する利権獲得への動機が表に出てくる。実際に、米国の金属商社のカーギル、鉱山開発技術を持つエンジニアリング大手のベクテル、さらにゴールドマン・サックス、シティグループの金融大手は、2002年の北朝鮮の核疑惑再燃前には、対北投資に意欲をみせていた。韓国の財閥現代グループが巨額の裏金を北朝鮮政府に渡すのも、こうした利権が狙いだ。
もちろん、米政府にとっても、これだけのウランの鉱脈が米国の影響力の外で世界に拡散されることは認められない。

年初来の米朝交渉の劇的な進展は、こうした米政権内の勢力地図の塗り替えによって始まった。こうなると、拉致問題のために頑として6ヶ国協議の進展を望まない日本の立場が難しくなってくる。6ヶ国協議進展のための米国のシナリオは、「日朝は、2002年の平壌宣言の時に立ち戻って国交正常化に向けた交渉のテーブルにつく。拉致問題は、その中で合同調査などを通じて解決していく。」というものだ。
今年6月末に北朝鮮政府筋が、韓国や欧米のマスコミに「金正日は、関係機関に拉致問題の経緯について再度の徹底調査Yhukuda_2 を命じ、日本との関係改善に意欲を見せている」という情報を流した。これは匿名情報だったが、米国や中国が金正日に「北朝鮮の方からも、拉致問題の解決に努力する意思表示をしてほしい」と求めたものと思われる。北朝鮮にとっても、拉致問題をうまく処理すれば日本からの経済援助が入るので、その要求を受け入れたのだろう。しかし、日本は北朝鮮からのメッセージを無視して、その後7月に入り、日朝双方の政府が互いを非難し合う展開になってしまった。これにより、米中は、安倍政権下での拉致問題の解決はなさそうだ、と確信した。(このあたりの事情も、安倍総理の辞任に関わっているかもしれない。)

今、安倍首相の辞任を受けての総裁選で、福田康夫候補は「自分の手で拉致問題を解決したい」と、大胆に踏み込んだ発言をしている。もしかしたら、米政府筋から「日朝国交正常化交渉と、拉致問題の交渉を並行で進めるなら、そのお膳立てをしても良い」というバックアップのオファーが入っているのではないだろうか。安倍首相とともに、対北朝鮮強硬路線を先導してきた麻生太郎候補は、今回も芽がなさそうだ。

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