「エイズはセックスでは感染しない!心配するな!」…こう私が怒鳴った相手は、節夫君(仮名・29才)である。
まさしく異常気象による冷夏と断定できる今年の夏、節夫君は、燃えるような熱い恋をした。愛する人の名は宏美さん(仮名・24才)といい、「水仙のように清楚な美人」だそうである。 |
パニックに陥った恋人たち |
美人がモテるのは、美しいからだ。だから美人は得である。少なくともミツグ君には不自由しない。宏美さんには、節夫君の前に恋人がいた。名前は皓一さん(仮名・26才)というミツグ君だった。
この皓一さんの特徴は、嫉妬深いことだ。いや、嫉妬深くない人間なんていない。人間にとって最もコントロールしにくい感情は、嫉妬心だ。
宏美さんに新しい恋人ができた! と知ったとき、皓一さんの嫉妬心は壊れた蛇口のように噴出した。愛は憎しみに変わり、憎悪は復讐心を呼んだ。
“美人は3日で飽きる。ブスは3日で慣れる…”とかとバカな格言を言いつつ「つぎは美人には惚れるなよ!」と真剣に忠告してくれる友人もいた。しかし、皓一さんは聞く耳をもたなかった。
皓一さんのやむにやまれぬ嫉妬心は、恐ろしくも悪辣(あくらつ)なる復讐の手段を発見した。
ある晩、皓一さんは宏美さんに電話をかけ、いかにも真剣な声で呼びかけた。
「早急に病院に行ってくれ! 宏美。半年前、ボクは確実にエイズに感染していたんだ。きょう保健所から、間違いなくエイズキャリアであるという知らせが届いた。」
…そういえば、いろいろと思い当たるフシもあったっけ。皓一さんのあまりにも切実な弁舌に、宏美さんは、ただ茫然として疑うことを忘れてしまっていた。 |
凶悪な”性病ネットワーク” |
途方もなく恐ろしいことになってしまった、愛する節夫君に全てを打ちあけて、どうすればいいか相談しよう。そう考えて宏美さんは、皓一さんとの恋の結末の一部始終を節夫君に話した。
宏美さんのあまりにも切実な弁舌に、節夫君もただただ茫然として、すっかり疑うことを忘れてしまっていた。
人間の世界において、最も強力にして凶悪なネットワークは、“性病のネットワーク”である。皓一→宏美→節夫という“性の連鎖”が、この世で最も恐ろしい“性病のネットワーク”に組み込まれてしまっていることは、もはや疑いがない。節夫君は宏美さんと手を取りあい性病の対策を考えたが、名案は思い浮かばなかった。
性病の恐ろしさは、その症状の醜悪さもさることながら、その伝染性が強大にして迅速であることだ。 |
梅毒は2年で欧州に蔓延 |
たとえば梅毒。1493年、コロンブスがバルセロナでイサベラ女王に謁見し航海の成功を報告している間に、梅毒はバルセロナ全域に蔓延してしまった。
当時ヴォルテールは、この凶悪な病気が2〜3百年で世界全体に蔓延することを予想した。ところが実際の感染スピードは、今から考えても驚異的な猛スピードであった。
イタリヤ、フランス、ドイツ、スイスに伝染したのは1495年であった。わずか2年の間に、ヨーロッパの全土が梅毒の爆発的な疫病禍にまきこまれてしまったのである。
その後、梅毒は大航海時代の波にのり大変な速度で世界中に蔓延してゆく。
日本に西欧人がはじめて上陸したのは1543年、ポルトガル人が種子島に漂着し鉄砲を伝来した年である。 |
20年後には日本に上陸 |
では、梅毒が日本に「伝来」したのは何年頃か? 驚くなかれ! 梅毒の日本上陸は、鉄砲伝来よりも30年もはやいのである。梅毒を日本に運んだのは、たぶん和冦(日本人系海賊)か中国の商人であろう。大海を小さな帆船で航海していた当時、梅毒はヨーロッパから20年たらずで極東の島国に到達してしまったのである。 |